トルコでの気づき。(少しネガティブです)

こんにちは。

おもしろライフのななみです。

 

さて、半月ほど前からトルコに来ています。

私にとってはじめてのトルコ。

前からトルコに行きたかったし、ものすごーく楽しみにしていた私。

 

イスタンブールアンカライズミル

三大都市を回っています。

観光は主にイスタンブールで楽しみました。

あとは、婚約者の両親に会ったり、まったりトルコでの日常生活を

楽しんでいるというところ。

両親は複数家をお持ちなので、今は両親の定住地とは別の家に

一時的に住まわせてもらっています。

 

両親は私にとてもよくしてくれて、ありがたかった。

もっとトルコ語勉強したいなと強く思いました!!

 

さて、ここからは旅行したりして

率直に感じたことを書いていきます。

ちょっとネガティブな記事にもなるかもしれない。

なぜなら、今回はどちらかというとトルコの闇の部分を

多く感じ取った滞在になったから。

 

 

トルコの印象は、ずばり。

みんな、そんな適当にしていて大丈夫か!?

 

交通ルール守らない、

自分優先ですべて物事を考えている、

ミスを認めない、

平気で詐欺る。

むしろ、真面目に生きていると損しかない。

だから、自己中に生きるしかない。

 

そんな感じだった。

 

そして、イスラムの国へ来たのが初めてで、

イスラムの方々の宗教観。

彼にも色々聞いて学んだのです。

 

やっぱり。どんな宗教を知っても私が行きつく結論は。

いくら神に祈っても、普段の日常で自分が意識して

人を助けたり徳を積まないことには

最終的に幸せを感じることはできないのではないか。ということ。

 

だって、みんなこんなに熱心に神に祈っているのに

あまり幸せそうじゃないんだもん。

みんながお互いを疑って生きてる。

(こんなこと言って本当にごめんなさい)

 

むしろ、詐欺をしようと神に祈れば、信じれば、許してもらえる。

そんな風に考えている人もかなり多いとのこと(彼の見解です)。

 

神に祈るんじゃなくて、

目の前の当事者に謝るとか、改心して行動を変える、とかさ。

そういうことのほうが大事なんじゃないのかね?

 

でもなんだか、一周回って

自分が思うように好きに生きている子どもを見ているようで

トルコのみんなが可愛く見えてきちゃいました。

 

運転の荒さは本当にどうにかしてほしいけど。

赤信号で停車しているだけなのに後ろから煽られる。

なんてこったい(笑)

 

今回、思っていたよりトルコの闇を見てしまったのですが

これはトルコリラが全く安定せず、

特に今は物価が日に日に上昇していることも大きな要因だと思います。

 

トルコの一般的な給料で考えると、カフェもレストランもかなり割高。

みんな経済的な不安を(日本以上に)抱えている様子でした。

 

 

ということで、

私は人生で初めて軽いホームシックを経験しました

色んなところへ今まで行ったけど、

一切ホームシックになんかならなかったのに。

 

あ。ご飯はね、とっても美味しいです。

ケバブとか。ジャーケバブっていう種類のケバブが一番好き。

 

基本ラム肉を使っていることが多い(もしくは牛肉とのミックス)から

ラムの脂を強く感じるものはちょっとクセがあったかな。

ラムのお肉自体は、臭みってほとんどなくて本当においしいのよ!!!

 

ラム避けてたけどトルコでラム肉好きになった。

逆に最近は豚肉の匂いに敏感になってしまって

あまり食べられなくなってきた…。

 

味覚って面白いね。

 

次回は彼と両親の関係性など、

もう少し狭い範囲のトルコの人間模様?に関して

感じたことをシェアしていこうと思います♪

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも」が口癖の父の心理を考えてみた

 

こんにちは。

おもしろライフのななみです。

 

今回は、トルコとは関係ない話。

 

「でも、、、」が口癖の人についてです。

 

アナタの周りで何かにつけて第一声で「でも」を使っちゃう人、いませんか?

実在する人物をあげると、私の父がそうです。

 

父には、友達がいません。

(こう書いちゃうとめっちゃ悲しく聞こえる…まぁ彼の人生なので)

 

彼の周りに人が集まらない理由は、この「でも」を使うことが

彼にとって正常運転になってしまっているのが原因のひとつかな、と。

 

 

 

たとえば、退職してから父は

「あ~腰が痛いわ。これはやばい。正常ではない。」

と、毎日のように言います。

母、兄、近所でたまたま出会ったおっさんにも。

(病院に行っても特に異常はなかったよう。)

 

そして、みんな口をそろえて言います。

「ウォーキングとかいいらしいよ。歩いてみたらいいじゃない?」

 

父は

でも自分の腰はそんなシンプルなことで解決するような状態じゃない。」

 

 

そして最近、ある観光スポットに行った際、

階段をみんなで上りました。

数日後、父は

「階段上った次の日から腰が調子がいい!!

2日間は少なくともよかった!!!」

と嬉しそうに話す。(実際、階段上る運動は腰に良いそう)

 

私と母は、

「じゃあ今後も階段上るのを習慣にしてみたら?」と言ってみる。

しかし、父は

でも階段も近くにないし、そこまでしては、いいかな…」

 

 

また別の日。

 

父「〇〇島(近所にある島です)にまた行きたいなぁ~」

母「退職したんだからいつでも行けるじゃん。行ってきなよ。」

(母はその島の生臭い匂いが苦手で行きたくない)

 

父「でもおっさん一人で行ったらなんか変じゃない?」

母「全然変じゃないよ?この前も知り合い一人で行ってたよ」

父「でもなんか一人で出かけるのってみじめに感じるんだよな~」

父「でももう前に行ったし、いいや。」

母「ふーん、そう。」

 

 

 

他にもごまんと「でも」エピソードがあるのですが、

父にどんな心理が働いているのかを考えてみようと思う。

 

 

自分が「しない」選択をしているのにも関わらず、

"でも"を使ってなんとかもっともらしい理由を探し、

「しない」→「できない」に(無理矢理)変換しようとしている。

 

これは、父なりのプライドがそうさせているんだと思う。

 

 

ウォーキングしないのも、

階段を上らないのも、

島に一人でいかないのも、

 

彼なりに「できないんだ」という理由をふりかざさないと

・わしはただの怠惰な人間

・わしは一人じゃどこにも行けない小心者

と自分で言っている気分になるのだと思う。

 

母になにか指摘されたときもそう。

自分の心の中では、母の言っていることが正しいなーと

なんとなくわかっている。

ただ、「でも」を使って反論しないと自分が否定されたままな気がするんだ。

特にこの「でも」は、母に対してよく使われているように思う。

 

きっと、母に甘えているんだな。

 

母が一緒に島に来てくれたらすごく楽しいのに。

腰が痛いのをただ母に受け止めて、慰めてほしい。

 

それを素直に言えない。

遠回りして遠回りして、まわりくどい"でも構文"になってしまい、

聞いてる側の人間からすると

「なにが言いたいの?」

「改善する気ないんだったら腰痛いってブツブツ言うな」

となってしまうわけですね。

 

 

昔の男の人って、特に素直になる方法を知らない。

かわいく甘える方法を知らない。

でも、いつまでも男性って甘えたいんだよね。

 

 

とはいえ、母ももう何十年と偏屈タイプの父と一緒にいるわけで、

そんな部分を「可愛いな~」とは今更思えないのです(笑)

 

 

私は、これから結婚生活を送る立場なので、

男性のそういった部分をくみ取って

相手が素直になれる環境づくりをしていくのが

あったかい家庭を築くことにつながるのではないかと考えています。

 

だから、まず、私も素直に☆

 

 

 

 

 

察するは不可能?素直なトルコ人

 

婚約したトルコ人の彼が日本に会いに来てくれてから2週間。

彼は今の住まいであるアメリカに帰っていきました。

 

彼にとって、日本旅行は今回が2回目!!

日本人と日本旅行をするのは彼にとって今回が初めて。

そして、トルコ人と日本を旅するのは私にとっても初めて!

 

今回のメインの目的は、一緒に私の両親と会うことでした。

日本に彼が来て1週間ほどしてから私の実家(田舎)に行ったのですが、

両親もとっても彼のことを気に入ってくれて、安心してくれている様子。

彼よ、本当に来てくれてありがとう。

 

ただ、、、

 

今回の彼の日本滞在中、カルチャーショック+彼の性格を更に知ることになり

私の中で色々と衝撃的なことを経験する旅にもなりました。

 

例をひとつあげます。

私たちは私の地元滋賀に来るまでに、

広島~兵庫(神戸・淡路など)~大阪を約1週間で旅行しました。

 

問題は、大阪で起こった。

 

日本旅行で大阪に行った友人や家族みんなに

「大阪はいいよ!絶対行ったほうがいいよ!!」と言われていた彼。

彼も、大阪はさぞかし素敵なところなんだと来日前から胸を躍らせていたんです。

 

大阪に着き5分足らず、人の多さに彼ちょっと驚く。

私は彼の顔を見て一発で「あ、これは雲行き怪しいw」と察知。

とりあえずチェックインの為、宿に向かいます。

 

宿は新世界に徒歩圏内だけど静か。

たたみの部屋にベッドが4つ(ちょっと多いw)。

シャワールームは小さい。

でも、とっても清潔で私個人的には十分すぎる宿。

 

宿に到着して10分で彼、

「宿変更してもいい?ここで3日間は耐えられない。シャワーが小さすぎるし、なんか囚人になった気分だよ。」

 

今回の宿泊施設、私がすべて探して予約。

彼も時間がなかったし、なにより日本人の私。

今回の日本旅行で「彼を満足させるぞ!」と使命にかられ、意気込んでいました。

【彼からのリクエスト】

・日本風の宿がいい(わざわざ西洋風のホテルに泊まりたくはない)

・旅行のどこかで露天風呂付の温泉宿に泊まれたらいいな(広島で済)

それを満たすべく、なるべく低予算でよさそうなところを手配しました。

 

結果、大阪に着いて急遽変更した宿は

おもいっきり西洋風の高級ホテル。笑笑

 

和風って言ってたのは?

西洋風は嫌だって言っていたのは??

私の幻聴だったのか???

 

そりゃ~高級ホテルだからね、サービスは申し分ないよ。

 

でも!!!

最初に着いた宿、私なりに和風で立地がよくて清潔な宿を

探して探して予約したんだよ!!

日本人の場合、相手が探してくれた宿なら

よほど汚いとかじゃない限り、そのまま宿泊すると思うのね。

 

そういう相手の労力を察するマインドは彼にはまったくない。

 

ちなみに予約してすぐ彼には今回の宿のリンクをすべて送ったので

当日までにさすがに見る時間はあったはず。

 

てか、旅行で当日宿変更するってよっぽどだよ!!!!??(笑)

 

大阪のホテルだけじゃないんです。

のちに京都も行ったのですが、

京都のホテルも私が予約していたところをキャンセルし

彼が探したところに結局宿泊したんですよね。

(これは当日変更ではないんですけど)

 

・人に任せると言ったら後出しで文句は言うな

・ダメ出しされている気分、否定された気分になったじゃないか

・結局大阪の人混みが無理で気分が下がっているのを、

 ホテルのせいにして八つ当たりしてんじゃねーの?

 

・任せたからって意見言ったらダメなの?

・二人で泊まるんだから、僕にもなにか言う権利はある

・大阪を楽しめって無理やり言われてるみたいでストレス

・僕が大阪嫌いなのは君のせいではないのになんで責任感じるの

 

こんな感じです。

 

彼は元々意見をはっきり言います。

嫌なものは嫌。私に対してだけじゃありません。

店員にも、なんでも言います。

 

私としては、少しくらい不満があっても

アレンジしてくれた人のこと考えて楽しむ努力をしてほしかった。

彼としては、嘘ついて楽しんでるふりをされて何が嬉しいんだ、

正直でいることがなにより大事じゃないか。

 

私の考え方って、日本人ならどこかに持ってる感覚じゃないかな~と思います。

 

でも自分の持っている感覚が正義とは限らないんだな、と今回思いました。

相手が喜ぶのを期待して落ち込むのは、私のエゴだな、と。

 

まぁ、とにかく次回から絶対私は宿予約を担当しないと決めた!!!

こだわり強いやつが決めろ!!!(笑)

 

彼曰く「トルコ人は少年がそのまま大人の姿になっただけ」とのこと(笑)

うむ、来月のトルコ旅行が楽しみだ。

 

 

他にも彼の日本滞在中で色々あったので

今度シェアしますね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トルコ人と婚約~アメリカ生活に向けて

こんにちは。

おもしろライフのななみです。

 

はてなブログさんでは、

トルコ人と今年2025年にオンラインで出会い

半年経たず婚約に至った、

生まれも育ちも日本の私の目線で

主に彼との会話や衝突、そこから学んだことなどを

ここに記していきたいと思っています。

 

まずはご挨拶ということで^^

どうぞよろしくおねがいします☆